北海道喉頭摘出者福祉団体 北鈴会

西澤医師-9


「聴覚と音声の生理学シリーズ」

第9章 発声支援装置について



無喉頭音声の利便性、自然さ、明瞭度の問題などを考えてきましたが、今回は、食道音声の聞き取りやすさを改善するための支援装置について述べたいと思います。

食道音声は、器具を必要とせず、発声に手を使うことなく、また、音源の調節(つよさ、高さなど)がある程度可能なため、自然で明瞭度の高い会話が行える勝れた無喉頭音声の方法です。しかし、食道音声には正常喉頭音声と比較していくつかの難点があります。

まず、正常喉頭音声では、一息で持続できる発声の長さは20秒程度に達するのに対して、食道音声では、1回の空気取り込みで持続可能な発声時間は3秒程度です。この程度だと、中級者でも、5〜7文字分くらいの言葉しか発話できず、なめらかな会話を行うには空気取り込みをとぎれずに繰り返さなければなりません。

また、音質としては雑音の多い、高さの聞き取りにくい声であるため、音が明瞭でなく、イントネーションがとらえにくいのです。

さらに、食道音声では正常喉頭音声に比べて、声の大きさが足りず、雑音の多い場所での会話や、広い場所で多くの人に話をするなどというときに、不便であるという問題があります。

このように、食道音声に内在する音質、音量の問題を、医用電子工学の領域から解決しようとした試みに、食道音声用発声支援装置(製品名ビバボイス)があります。この装置は、1994年から5年間、通産省(当時)工業技術院が主導した医療福祉機器研究開発プロジェクトの一環として、日本を代表する電気機器メーカーが共同開発したもので、開発にあたっては、企業の他に、複数の工学者、医師、言語聴覚士および当時銀鈴会会長であった中村正司氏などが加わって構成された研究委員会が中心になって検討が重ねられ、商品化されたものです。(廣瀬肇・ビバボイスについて・医学の目第7回社団法人銀鈴会HPより)皆様にはこの器械が「生活支援機器」として、身体障害者自立支援法等を根拠とする公的援助の対象となっていることをご存じの方も多いと思います。

現在商品化されている発声支援装置は、単純な「音量の増幅」を目的としています。開発当初は、雑音の除去など、声の質の改善が検討されたようですが、食道音声という不安定な音源をリアルタイムで良い声に変換するシステムはなかなか開発が難しく、また、声の音量を上げるだけで、かなりの聞き取り改善が見込めることから、現在の形、すなわち、手持ち、またはへ,ツドセットなどで、唇の近くにおいたマイクロホンから拾った音声を、胸ポケットやウエストバンドなどにおいたスピーカで拡声する方式となっています。銀鈴会では、音量が小さいという食道音声の不便さを解消し、無理に大きな声を出そうとするためにかえって明瞭度が損なわれるのを防ぐためにも発声支援装置の利用を勧めていますし、使用する場面を選べば確かに便利なものと思われます。

現在の発声支援装置をさらに使いやすくするために、いくつか改善の可能性が考えられます。ひとつは、「ハウリング」の解消です。ハウリングとは、スピーカとマイクロホンが近すぎる位置にある時に、スピーカの音をマイクロホンが拾って、無限増幅回路が作られ、「ピー」という音が持続することです。講演会場や、カラオケなどで起こる「ピー」の大音響のことです。食道音声用の発声支援装置では、スピーカを体(胸やウェストなど)に装着する必要から、マイクとの距離が近くなり、常に、ハウリングの危険があります。対策として、「マイクをなるべく唇に近づけ、音声以外の環境音が入らないようにする」という使い方が推奨されています。さらに改善を目指したい課題としては、マイクロホン装着の不便さがあげられます。
手持ちマイクでは、会話のためにマイクロホンを取り出して口にもってこなければいけませんし、ヘッドセットでは、手はフリーになりますが、頭にセットを装着することが必要です。

これらの課題を解決するために、いろいろなアイディアが考えられます。一つは「骨導マイクロホン」の利用です。骨導マイクロホンは、話者の声が頭蓋骨を振動させることを利用し、この振動を拾うことによって、音声を拾います。自発音声だけが拾われ、環境音を拾うことがないので、騒音現場での作業における音声伝達に実用化されています。骨導マイクロホンを用いれば、スピーカの音がマイクロホンに拾われて起こるハウリングの問題は回避できるかもしれません。しかし、骨導マイクロホンには、周波数特性上の制限があり、高い音域の音が拾えないので、音質が不良になるという難点があります。

私たちは、北鈴会の皆様とともに、無喉頭音声のコミュニケーション改善に努めていますが、今後、発声支援装置をさらに改善するために、いくつかの提案を行っていくことを考えています。本学大学院生が札幌教室に伺って、皆様に聞き取り調査を行わせて頂いているのも、この研究の一環です。

今後ともご一緒に生活の質を改善させる活動に取り組んでゆきたいと思います。