北海道喉頭摘出者福祉団体 北鈴会

西澤医師-5


「聴覚と音声の生理学シリーズ」

第5章 雑音について



前回までに、ことばの音を構成する要素には、原音(喉頭あるいは新声門でっくられるブザー音)と原音がのどで響きを与えられる(共鳴)経過があるというお話しをしました。ここで、ことばの音源は振動源である声帯、または新声門にあるのだと述べましたが、実は、ことばの音源は振動源以外にも存在します。

たとえば、「パ」という音を発音するときに、私たちはどうするでしょうか。声を出す前に、唇を閉じてから、ポン、と勢いよく息を出します。このとき、唇で「プッ」という音がでます。それに続けて声(ア)をだすと、「パ」という発音になります。同じように、「サ」という音を発音するときには、舌先と上の歯茎のあたりで、風の音がつくられます。原音が周期性をもったパルス音であるのに対し、口で作られるこのような子音の音は、周期をもたない「ノイズ、雑音」と言われるものです。
破裂音「パタカ」の行、摩擦音「ハ、サ」の行という系列の音は、振動源からくる原音と、口で作られる雑音を組み合わせて構成されています。

破裂音、摩擦音系列の雑音を発生させる動作を考えてみますと、唇、舌などで、どこかに狭いところができ、呼気流に対して抵抗となります。おかげで、口の中の空気圧は高くなり、これが雑音を発生させるためのエネルギーとなるのです。

健常喉頭音声では、肺からの十分な呼気流が口におくりこまれますので、雑音発生のためのエネルギーが不足することはありません。一方、喉頭全摘出術後の状態ではどうでしょうか。術後は、気道が食道と分離されて、永久気管口に開口しています。従って喉頭摘出者が食道音声や電気喉頭で破裂音、摩擦音を作ろうとすると、口の中に空気抵抗になる狭めをつくる事はできても、喉頭を通過する呼気によって圧力の上昇を得ることができません。しかし、無喉頭音声の熟練者は、発音の動作になんとか気流雑音を組み込み、破裂、破擦音を上手に作れることが知られています。

電気喉頭では、雑音形成のための空気圧は、ほっぺたの筋肉を緊張させて、口の中の空気を圧縮することによって作られています。電気喉頭を練習された方は母音の発声を習得された後に、サ行、ザ行などの子音上手く出せるようになるまでに、いささか苦労された経験をお持ちだろうと思います。

食道音声、シャント音声など、器具を使わない代用音声では呼気、あるいは食道内にとりこまれた空気が口のなかに導かれます。従って唇や舌で作られた狭めが下からの気流に対する抵抗となって内圧の上昇がえられるのです。この機構は健常喉頭音声と類似しています、口腔内に導かれる気流は健常声帯を通過するものではないので、破裂音摩擦音発音のコントロールはやはり幾分難しくなります。

子音の発音では、雑音音源を作ることと、声帯あるいは新声門での発声音源を作ることの時間的な調整が明瞭な発声の鍵となってきますが、これについては次回お話し致します。