北海道喉頭摘出者福祉団体 北鈴会

西澤医師-4


「聴覚と音声の生理学シリーズ」

第4章 倍音と共鳴



これまで、声の出るしくみ、呼吸のしくみについて述べてきました。

今回は、「こえ」が「ことば」になるしくみについて考えます。

子どもの頃に読んだ絵本で「おなら長者」という話がありました。おならでどんな音でも出せる人がいて、ウグイスの鳴き声やら笛の音やら、いろいろの芸を披露し、お金持ちになった、という話です。幼い頃の私は、「このひとはおならで話が出来たのかもしれない」と考えました。

おならで話をすることは、できるでしょうか?これが、今回の主題です。

声の出るしくみの章で、声帯(あるいは無喉頭者の新声門)は、粘膜で出来た笛のリードのようなものであり、ここを空気が通過することによって声がでる、と書きました。
声帯、あるいは新声門で出ている音は、どのようなものでしょうか。非常に小さいマイクロホンを声帯の近くまで差し込んで、人がしゃべっているときに声帯が出す音を録音することが出来ます。口から出る音は「アイウエオ」としゃべっている人が、そのとき声帯で出している音は、実は「アイウエオ」とは聞こえません。「ブーブーブー」というブザーのような音が続けて聞こえます。

つまり、声帯は「こえ」を出すけれども、「こえ」に「日本語の音」としての性質、「アイウエオ」と聞えるような音質を与えることはできない、ということです。

声帯から出たブザー音を「あいうえお」という「ことば」に変えるのは、舌や唇など、声帯より上にある「発音器官」の働きです。

空のビール瓶を持って、口に直角に息を吹きかけると、一定の高さの音で笛のように鳴らすことができます。これは、ビール瓶の中に閉じこめられた空気が、息のエネルギーを得て振動し、瓶の形によって一番出しやすい高さの音で鳴るからです。物体が外から力を与えられて、最も振動しやすい周期で振動する現象を「共鳴」と言います。瓶に水を入れて、中の空気柱の長さを短くしてゆくと、瓶の出す音は、段々高い音になってきます。「共鳴」の周期は、振動体の長さが短いほど、高い音となる性質があります。

口を開き、舌の力を抜いて、のどから口の中が一本の管になるようにしたとき、声帯から唇までを単純な丸い筒と考えることができます。大人の場合、筒の長さは約17センチメートルです。筒の底には声帯があります。声を出す、すなわち筒の底でブザー音が鳴ると、筒に共鳴が起こります。共鳴の周期は、筒の長さが17pの場合、1秒間に500回、1500回、2500回というふうに、最も低い共鳴の奇数倍の周期で構成されます。こうして共鳴を起こした筒から出る音は、日本語の母音「ア」と「工」の中間の様な音に聞こえます。「アイウエオ」の母音を出し分けるという作業は、じつは、共鳴管としての筒の形を、舌や唇などの動きによって変えて、声帯から口までの共鳴周波数の構成を変化させることで行われています。

最初の「おなら長者」ですが、おならでは、音源はあるけれども、共鳴管がないので、「アイウエオ」という発音を出し分けることはできず、従って話はできません。

喉頭音声と無喉頭音声は、音源が、声帯か、新声門かと言う点では異なっていますが、音源から口まで(声道、構音器官)の構造と機能は、手術操作が舌とか咽頭などに及ばない限り、共通です。すなわち、無喉頭音声でまず必要となることは、音源を安定して作ること(いわゆる原音の獲得)と言うことになります。
原音が安定的に出せるようになれば、母音の発音は、喉頭音声と同様に行うことができるはずですが、子音の発音は少し事情が違ってきます。喉頭音声で使用できる肺からの豊富な呼気流のエネルギーが、発音に必要な音があるからです。

このことは、機会を頂ければ、次回にお話しすることにします。