北海道喉頭摘出者福祉団体 北鈴会

犬山教授-1


「頭頸部がんシリーズ」

1、頭頸がんとは

北海道大学医学部耳鼻咽喉科

教授 犬山征夫



頭頸部がん(とうけいぶがん)という、言葉は皆様にはあまり馴染みのない言葉だと思います。通常は胃がんとか肺がんといいますと、臓器そのものを指していますが、この頭頸部がんというのはいくつかの部位の「がん」の総称名なのです。したがって、頭頸部がんは口頭部・顔面・頸部にできる「がん」のうち、脳や脊髄など中枢神経系の腫瘍を除いたもの〕と定義されます。それでは具体的にどんな「がん」があるかといいますと、鼻副鼻腔がん(上顎洞がんなど)、口腔がん(舌がんなど)、咽頭がん(鼻の突き当たり上咽頭がん、扁桃腺など― 中咽頭がん、食道の手前下咽頭がん)、喉頭がん(声帯がんなど)、頸部食道がん(食道の上部のがん)など上部の呼吸道や消化管にできるものと、甲状腺がん、唾液腺がん(耳下腺がんなど)、皮膚がん(顔面・頸部・頭皮)、聴器がん(外耳や中耳のがん)などがあります。

頭頸部領域は人間が生活していく上で重要な聴覚、平衡覚、嗅覚、視覚、呼吸道としての機能(吸い込んだ空気を鼻の中で温めたり、湿気を与える作用)、咀嚼、構音、発声、嚥下などの機能を営んでいると同時に、顔面や頸部のような美容的にも重要な部位であります。したがって頭頸部がんの治療にあたっては、可能なかぎり、これらの臓器や機能を温存したり、失われた場合は再建したり、あるいはリハビリテーションをしたりしてQOL(qualityof life 生活の質)を向上する必要があります。

この頭頸部がんの診断や治療の主役は耳鼻咽喉科医であり、必要に応じて放射線科医、形成外科医、脳神経外科医、歯科医、一般外科医などの協力を得る必要があります。

それでは頭頸部がんの発生要因としてはどんなものがあるのでしょうか。先ず口蓋(口の中の天井に当たる部分)より上の部分を考えてみますと、上顎洞がんでは副鼻腔炎(蓄膿症)のほかに最近、一部ではヒト・パピローマウィルスが関与していることもわかっています。また中耳がんでは慢性中耳炎も原因の一つになっています。また上咽頭がんも他のウィルス(EBウィルス)が関与しています。

これに対して、口腔から下の領域は一部の例外を除いてタバコ、アルコール発がんであるといっても過言ではないでしょう。日本人に胃がんが多いことは世界的に有名ですが、たとえば前述の上咽頭がんは中国南部、台湾、香港に多く、日本の約60倍の多さです。
またインドでは口腔がんが、全がんの一ないし二位を占めるほど頻度が高いのです。その原因はやはりタバコです。しかし、欧米や日本で吸われている紙巻タバコではなく、タバコの葉を石灰に混ぜて、それをびんろうやきんまの葉でくるんで口の中に入れておく習慣があり、その部に一致して「がん」が発生します。まさにタバコ発がんの人体実験をしているようなものです。

アルコール自体は発がん物質ではありませんが、タバコの発がん性を増強する働きがあるようです。したがって口腔、喉頭、下咽頭、頸部食道ではたえずタバコやアルコールに暴露されていますから、どこに「がん」が発生しても不思議ではありません。それではどの程度の喫煙や飲酒が発がんという面から危険なのでしょうか。喫煙の多さをみる指標としてブリンクマン指数があります。これは「1日のタバコの本数×喫煙年数」で示されます。たとえば1日20本、30年間吸えば6百という数字がでます。

一方、アルコールは日本酒に換算して計算します。すなわち「1日のお酒の合数×飲酒年数」で表されます。たとえば1日2合、30年飲みますと60という数字がでます。これらのタバコでの6百、お酒での60という数字より上は前述の部位のがんの高危険群ということになります。しかもその両者が各々6百、60以上であれば極めて危険であるといえます。
もちろん、いくらタバコを吸っても、アルコールを飲んでも「がん」にならない人はいます。それはその人の体が「がん」ができそうになったり、できてもそれを排除する機構が備わっていると考えられます。逆に全く喫煙や飲酒をしない人にも「がん」が発生することもあり、やはりこれも体質によると思われます。

一方、「がん」になった人を調べてみますと、やはり上述の指数が高い人が多いのは事実です。最近、「がん」に対する治療が進歩し、第1がんの治癒率が向上してきました。そのため、一方では第2、第3の「がん」が発生する頻度が高くなってきたことも事実です。

今年の5月に第96回日本耳鼻咽喉科学会総会が干葉市の幕張メッセで開催されました。その時、「インフォームド・コンセントー 患者の立場、医師の立場」というパネルディスカッションが行われ、三笠宮寛仁親王殿下も出席され、患者の立場からいろいろ発言されました。殿下は最初は食道がんのため手術を受けられましたが、その後も下咽頭がん、舌根がんにも冒されました。しかし、殿下はこれらの「がん」をことごとく克服され、現在もお元気でご活躍中でございます。殿下の場合は3重がんということになります。このように最近は多重がんの発生が問題になってきております。

かつて、私が医師になって10年目の頃、この多重がんの発生頻度を調べてみたことがありますが、その当時は2.1パーセントでありました。ところが最近は組み合わせにもよりますが20〜30パーセントに増えております。
したがって、第1がんを克服しても、第2、第3のがんができる可能性がありますので、その予防が重要であります。アメリカではすでに基礎および臨床にわたって化学予防(ビタミンAの誘導体など)の研究が行われており、興昧ある成績が得られております。わが国では残念ながらまだ基礎研究の段階で、これを日常の臨床に導入するまでには至っておりませんが、今後の大きな課題でありましょう。

現時点では、定期的な通院による第1がんの治療経過をチェックすると同時に必要に応じて他領域のチェックも必要です。どうか定期的な検査を怠らないよう、きちんと通院して頂きたいと思います。またこれまでと違う症状が現れた時は、早めに受診して私共にその旨、知らせて欲しいと思います。

最後に北鈴会の会員の皆様のご健康とご多幸を心からお祈り申し上げます。