北海道喉頭摘出者福祉団体 北鈴会

犬山教授-2


「頭頸部がんシリーズ」

2、鼻副鼻腔がん



はじめに鼻腔・副鼻腔の構造を簡単に説明しますと、顔面の中央には"いわゆる鼻"(外鼻)があり、孔が二つあって鼻の障子(鼻中隔)により左右に分かれています。この孔から咽頭の上部(上咽頭)までが鼻腔で、空気の通り道です。したがって家に、たとえると廊下のようなところです。そしてこの鼻腔を囲むように座敷に相当する副鼻腔があり、座敷と廊下は小さな孔を介して交通しています。すなわち、左右対称的に上顎洞(頬のあたり)、箭骨洞(しこつどうと読み、両眼の間あたり)、前頭洞(ぜんとうどうと読み、額の下方あたり)があり、箭骨洞の後方(さきほどの鼻中隔の後方)に媒形骨洞(ちょうけいこつどう)があります(図)。したがってこれらの部位に「がん」ができますと、上顎洞がん、飾骨洞がん、前頭洞がん、蝶形骨洞がん、鼻腔がんという病名になります。このうち頻度が高いのは上顎洞がんと箭骨洞がんです。

それではこれらの病気はどんなことが原因で起こるかといいますと、慢性副鼻腔炎(いわゆる慢性の蓄膿症)が主たるものです。しかし、最近は昔と違って栄養状態がよくなったことや、抗生物質が進歩したため慢性化膿性副鼻腔炎は減少し、それにつれて上顎洞がんも減少しています。

それではどんな症状がでるのでしょうか。上顎洞がんを例にとって説明しましょう。上顎洞は周囲を骨に囲まれていますので、腫瘍が洞の中にある間はあまり症状はでません。したがって早期発見は難しい病気です。でも片側の鼻のみに症状がある場合は要注意です。

実際に症状がでる場合は、腫瘍が骨を壊して骨の外に出るといろいろな症状がでてきます。症状の出方は腫瘍が進む方向によって異なります。例えば、内側の鼻腔の方に進むと片側の鼻づまりや、血や膿が混じった鼻汁がでます。また涙の管が眼から鼻の方に通じているので、それが腫瘍により圧迫されると、片側の涙がでやすくなります(流涙)。

一方、腫瘍が下方に進むと、歯の痛みや上顎の歯肉が腫れたり、歯がぐらついたりします。また腫瘍が前方や外方に進むと、頬が腫れたり、痛んだりします。上の方に進むと、眼球が上方に押し上げられるため眼球が上転し黒目が上を向いたり、眼が少し突出したり、物が二重に見えたりします。また後方に進むと顔の知覚を司っている神経があるため、頬の痛みや歯の痛みを感じたり、しびれた感じを訴えることもあります。
したがって三叉神経痛と間違われることがあります。また咀嚼筋(物を噛む筋肉)の一部が侵されて口が開きにくくなったりします。

診断法は鼻や口の中を見たり(視診)、触ったり(触診)しますが、はっきりしない時はX線写真をとります。その結果、腫瘍が疑われれば、CTやMRIなどの検査をします。しかし、最終診断を下すためには怪しい病変部から組織を一部とって、顕微鏡下に細胞を調べます(生検)。

さて、治療法ですが、私が医師になった昭和38年頃は拡大手術が主体でした。したがって上顎や眼球も一緒に摘出する手術を行っていましたので、患者さんは本当に大変だったと思います。でもそのような手術を受けた方から30年近くたった今も、元気で過ごしているという年賀状を頂くとほっとします。

最近は治療法も画像診断も進歩しましたので当時とは大分変わりました。すなわち手術も部分切除に留め、放射線治療や化学療法を併用することによって約70%の方に、治癒率を下げることなく上顎や眼球を温存できるようになりました。

とはいっても進行した症例や、再発例ではやはり拡大手術は避けられません。でも最近は昔と違って再建外科(形成外科)の技術が進歩しましたので美容的にも機能的にもかなり術後のquality of life(生活の質)は向上しています。また、鼻副鼻腔は脳の底(頭蓋底)とも接しているため、そこに腫瘍が進むと、かつては手術は不可能と判断しました。また、たとえそれに挑戦してもその結果は惨憺たるものでした。しかし、最近は耳鼻咽喉科、脳神経外科、形成外科でチームを作り、脳神経外科医は頭蓋内からアプローチし、一方、耳鼻咽喉科医は頭蓋外からアプローチし、腫瘍を一塊として取り去ることができるようになりました。そして頭蓋底にできた欠損部は形成外科医により修復されます。
この原稿は今、飛行機の中で書いています。実は6月29日〜7月4日まで米国のサン・ディェゴで第二回国際頭蓋底学会が開催され、この方面での日本の成果を報告してきました。学会が終わったあと、澄みわたった美しいカリフォルニアの青い空のもとで少しリラックスをさせてもらいました。