北海道喉頭摘出者福祉団体 北鈴会

西澤医師-1


「聴覚と音声の生理学シリーズ」

おと・こえ・ことば

北海道大学医学部耳鼻咽喉科

医師 西澤典子


はじめに
北鈴会会員のみなさまは、日々、音声表出によるコミュニケーション能力の向上に努めておられます。
ここで、音とは何か? 声とは何か?ということを、根本から考えてみるのも、日々のご努力にまた違った視点をもたらすのではないかと思いますので、今年からしばらくこの話題でまとめて投稿させて頂きます。
なお、この原稿は、本年一月に岩見沢市で行われた「市民のための音楽セミナー」という催しでの講演内容をもとに書き起こしたものです。


第1章 音とは何か?


音とは何か。私流に言い表せば「聴器を刺激して聴感を生ぜしめる物理現象」ということになります。つまり、耳に「音が聞こえた」と感じられたとき、そこに「音」がある、と考えましょう。

そこでまず、耳の構造を調べて見ましょう。外耳道の奥に鼓膜があります。さらに奥には耳小骨の連鎖があります。耳小骨は、中耳という空間に釣り下げられたようになつており、鼓膜が振動すると、その振動が、耳小骨に伝わり、さらに内耳のリンパ液に伝わります。
ここで、音の振動が、電気エネルギーに置き換わって、聞こえの神経(聴神経)に、音の情報を伝え、それが脳に音の感覚を伝えるわけです。つまり、人間に音の感覚を起こさせるには、鼓膜を動かさなければならないということになります。

自然界で鼓膜を動かすものは、「気圧の変化」です。気圧とは、簡単に言うと、空気の重さのことです。たとえば、ピストンの中で、ぎゅっと圧縮された空気は、ふつうの空気よりも重い空気ということになります。
圧縮された重い空気は、ピストンを上に押し上げようとします。同じように、外耳道を通って、圧力の高い空気が鼓膜に届くと、鼓膜は内側に押し付けられます。逆に、圧力の低い、軽い空気が届くと、鼓膜は外側に引っ張られる。この変化が交互に起ることで鼓膜が動き、音のエネルギーを神経に伝えているのです。通常、気圧の高低の繰り返しが、一秒間に20回から2万回くらいまでの頻度で起こると、人間の耳は、「音が聞こえた」と感じる様です。それ以下、あるいはそれ以上の頻度の繰り返しは、音としては聞こえません(低周波、超音波などと一言います)。

では、音はどうやって作られるのでしょうか。「プッ」という音(口唇破裂音)を作ることを考えてみましょう。
唇を閉じて、口の中に空気を溜めます。ほっぺたや、唇を緊張させて、溜めた空気に力をかける、つまり、口の中に圧力の高い空気を作ります。そうしておいて、急に口を開きます。圧力の高い空気は、いきなり、口の中から外へはき出されます。さて、私たちを取り巻く空気は、ある種のバネのような構造になっていて、二酸化炭素や窒素のつぶ(分子)がそれぞれ弾力を持って押し合いへし合いしているので、口の中から圧力の高い空気がはき出されると、一瞬のうちにバネを伝わって、圧力の変化が、遠いところまで届きます。これが、耳に届いたとき、私たちは、「プッ」という破裂音が聞こえた、と感じます。

中学校の教科書には、「音は一秒間に340メートルの速さで空気中を伝わる波であるLということが書いてありますが、これは、私のお話ししたことと大きな違いはありません。変化の繰り返しを波といいます。
音は、気圧の変化の繰り返しであり、これが空気中を伝わる速度が、毎秒340mである、ということです。

気圧の変化の繰り返しを音ということにして、その変化の様子は、規則的な繰り返しと、不規則な繰り返しとがあります。規則的に繰り返す音とは、たとえば、人間の声、弦や笛の音色など、音の高さを感じさせるものです。食道音声や、シャント音声も、習熟された方では、歌がうたえる、という事実が示すとおり、かなり規則的な周期をもった音であることがあります。一方、ため息の音、内緒話の「シーツ」という音などは、高さを感じさせることがありません。これは、気圧の変化が規則的でないからで、このような音を雑音といいます。

私たちが会話をするときの音声は、喉頭音声の場合も、無喉頭音声の場合も、声帯や新声門から出る、規則的な原音(声)に、唇や舌を使って作る雑音(子音)を組み合わせて作られています。