北海道喉頭摘出者福祉団体 北鈴会

旭川医大31


北鈴会の皆様へ


旭川医科大学耳鼻咽喉科・頭頸部外科学講座
 教授 原渕 保明


北鈴会の皆様におかれましては、ますますご清栄のこととお喜び申し上げます。北鈴会創立50周年、大変おめでとう御座います。旭川医科大学は昨年に開学40周年を迎えることができました。当大学より11年も長い歴史を持った北鈴会に心より敬意を表すとともに、深く感謝申し上げます。

この50周年の機会に、皆様と一緒に私も喉頭癌をはじめとする頭頸部癌治療の歴史を振り返ってみたいと思います。喉頭癌に対する喉頭全摘術は、1873年にビルロート(Billroth)が初めて行った手術です。ドクトルビルロートは、ドイツ出身のオーストラリアの外科医で、我々医師には非常に馴染み深い名前です。というのも喉頭癌だけでなく胃癌の手術も初めて行っており現在でもその名前がついた術式が存在し、医学部の講義で習うからです。ビルロートが初めて手術を行った患者は、36歳の教帥だったようです。術後4ヶ月で退院されたようですが、1年後に頸部リンパ節転移で無くなられたとの記録があるようです。

本邦では、15年遅れの明冶21年(1888年)に、猪子(京都)、佐藤(東京)により行われたようです。猪子、佐藤によるその後の報告では、それぞれ80名前後の喉頭全摘術を行っているものの、残念ながらほとんどの症例で術後の合併症で死亡されているようです。よって当時はかなり危険な手術として認識されていたようです。ご存知の様に、食事の通り道である咽頭を縫合する必要のある手術ですので、傷が上手く治らないと術後の感染が起る可能一性が非常に高い手術です。世界初の抗生物質であるペニシリンの発見が1928年であり、ペニシリンが国内に普及したのは戦後の1947年以降ですので、当時は術後の合併症が非常に多いのも納得がいきます。よって本邦では、喉頭全摘術は1950年以降に安全な手術として広く普及することになりました。

また1960年代からは放射線治療も普及しはじめました。同時に手術の技術も進み、進行癌に対しては、大きく切除し、胸の筋肉や皮膚を用いた、再建手術を行う事が可能となりました。1980年代になると、今度は抗癌剤が登場してきます。特に白金製剤という現在でも量も用いている抗癌剤が出現しました。この抗癌剤が登場することで、治療が大きく変わってきました。それまでは、癌がある部分を大きく切除することで治すことが主体でしたので、癌に勝つ事ができても、その後の患者さんの生活の質は決して高いとは言えないものでした。よって放射線治療と抗癌剤治療と手術の3つを上手く組み合わせて行う事で、出来るだけ手術は小さくする傾向が1990年代より考えられる様になってきました。また同じ抗癌剤、同じ回数の放射線治療でも、そのタイミング、使用方法で癌の治り方が違う事がわかってきて、現在も世界中で研究が進められています。それと同時に多くの新たな抗癌剤も開発されてきています。

もう一つの治療の大きな変化は、抗癌剤の投与方法です。抗癌剤は静脈から点滴で全身に投与するのが主体ですが、2000年頃より、癌の栄養血管(動脈)に直接細いカテーテルを入れて、癌に高い濃度で抗癌剤を注人する方法が開発されました。この方法は超選択的動注化学療法と呼ばれ、アメリカでこの治療方法が開発され、現在では日本の方でより広く普及しています。旭川医科大学耳鼻咽喉科・頭頸部外科でも2003年よりこの治療方法を導入しています。この治療法により進行した癌でも治す事が可能になりました。

以上より、現在の治療方法は、早期の喉頭癌、咽頭癌は、簡単な手術でとる、もう少し進行した癌であれば、放射線冶療で治す、より進行した癌であれば動脈にカテーテルを入れての抗癌剤投与と放射線治療で治す、それでも治らない癌であれば手術を行うという方法を選択しております。しかし、非常に高齢の方で、抗癌剤治療に耐えるだけの体力がない方もなかにはおられます。こういった患者さんにも喉頭全摘術を行っております。

喉頭全摘術の非常に良い点は、誤嚥する心配なく安全に食事が取れる事です。皆様ご存知のように、好きなだけ、好きなものが口から食べられることは非常に素晴らしいことです。喉頭を失うことにより声を失うわけですが、食道発発声や人工喉頭などを使用してコミュニケーションを行う事も可能であり、北鈴会がこういった患者さんの社会復帰に多いに貢献していただいている事に非常に感謝申し上げます。北鈴会の会員の皆様の元気な姿、笑顔を外来などで拝見する事で、我々も非常に嬉しく感じております。今後は、高齢化に伴い、癌を治す、癌に勝つだけではなく、さらに社会復帰も果たすことが非常に重要になってくると思われます。北鈴会のような癌患者さんの社会復帰の窓口となる会がますます重要となってくると確信しております。北鈴会の更なるご発展と、会員の皆様方のますますのご健康、ご活躍を心よりお祈りしております。