北海道喉頭摘出者福祉団体 北鈴会

西澤医師-7


「聴覚と音声の生理学シリーズ」

第7章 音源の振動停止について


※北海道医療大学心理科学都言語聴覚療法学科教授に変わられました。




前回は、口の中で作られる雑音を音源とする、破裂音、摩擦音、破擦音等の子音のお話をしました。これらの音には、有声音と無声音の区別があることを説明しました。

たとえば「パ」の音と「バ」の音を発音してみます。口の動きはほとんど同じです。唇が合わさって、口の中に空気をためてから、プッと破裂させるのです。このあとに、発声を伴う「ア」の音が続きます。健常喉頭者でも無喉頭のかたでも、パとバの区別はできます。
無喉頭のかたの方が少し、やりずらいかもしれません。いずれにしても、発音される音は無声音のパと有声音のバで違っているのに、口の動きは同じです。

ご存じのようにこの二つの音の違いは、雑音をつくるタイミングと、発声を始めるタイミングを調節することで成り立っています。雑音の始まり(つまり閉めていた口を開けるタイミング)から、発声の始まりまでの時間を voice onset time (VOT)といいます。無声音「パ」の場合は、雑音から充分遅れて発声が始まる。つまりVOTが長いのにたいして、有声音「バ」では雑音の開始直後に発声が始まる、あるいは雑音の開始より先に発声が起こります。VOTは無声音に比べて短く、マイナスの値になることもあります。(つまり破裂雑音より先に発声が始まる)特にことばのはじめに来る破裂音、摩擦音、破擦音では、VOTの長短が、有声音無声音の聞き分けの決定的な手がかりとなります。聞き分けの分岐点は一秒の数10分の1とされていますが、言語、方言、音の種類によって違いがあります。

無声音、有声音の区別のある子音は、数え切れないほどことばの中に現れますから、私たちは、話をしている間中、発声を止めたりまた始めたり、という芸当を非常に細かい単位で行っている、ということになります。

喉頭を音源とする発話では、発話中に声帯の振動を止める操作は「内喉頭筋」という筋肉によって行われます。振動体である二枚の声帯を急に引き離すと、音源としての振動がおこりづらくなります。それと同時に、声帯と声帯の間が離れることによってたくさんの呼気が口の方へ送られ、このときに雑音生成の準備段階として唇が閉じているので、口の中の気圧が上がります。肺からの呼気と口の中の気圧のバランスがとれると、呼気流は一旦停止します。呼気流が停止すると、声帯の振動は起こらなくなるので発声がとまります。

発声を再び開始する条件は、声帯の距離を再び近接させることと、呼気流の再開です。破裂音の発音に先立って開いていた声帯を再び近接させることも、「内喉頭筋」によって行われます。その上で唇の閉鎖をといて呼気を解放すれば呼気流の再開によって、声帯音源を復活することができます。
有声音無声音の区別は、結局VOTの長短を調節すると言うことです。このためには、口での閉鎖の開放に対して、数10分の1秒という細かいタイミングで離れている声帯を再び近接させるというすばやい調節を行っているのです。

無喉頭音声においても、無声破裂音を作ろうとするときに、音源である新声門において筋肉の緊張を調節して、新声門を開く動作を行える場合があることが証明されています。この動作は、喉頭摘出術の後に残った下咽頭収縮筋という筋肉を一時的に脱力させることで行われることがわかっています。健常喉頭音声と違って音源の調節に使われる下咽頭収縮筋は、もともと発声に関係する筋肉ではありません。むしろ、飲み込みの時に活発に活動する筋肉として知られています。

喉頭摘出術の後、発声の調節という新しい動作を習得するのです。従って下咽頭収縮筋の行える発声調節運動は、健常喉頭音声で内喉頭筋が行っているものほど器用ではないと考えるのが目然です。

すると、どういうことになるでしょうか。無喉頭音声では有声音無声音のだし分けをするときに、おそらく新声門を開いて振動を止める、という動作よりも口の中の気圧を調節して気流を止めることによって振動をとめるという動作の方が、優位に働いているのだと思われます。無喉頭音声に習熟した方では、健常喉頭者と同じように有声音無声音の区別を上手に行っていることはよく知られていますが、調節の仕方は、音源調節の比重がすくなく、口の動きによる圧調節を気流のコントロールに上手に使っているものと思われます。