北海道喉頭摘出者福祉団体 北鈴会

医療大学35


喉頭観察法の変遷・軟性内視鏡


北海道医療大学心理科学部言語聴覚療法学科
 教授 西澤 典子


 大学の先生をしていると、「学務優先」ということでお世話になった方々に不義理をしてしまうことが多く、心苦しいです。ことしは、総会も指導員講習会も、仕事が重なり、皆様にご挨拶することができず、大変申し訳なく存じます。総会の当日は大学の「臨床実技試験」というのにあたっておりました。これは、学生が外の病院に臨床実習におじゃまする直前に行われるテストです。学生は臨床実習で初めて、患者さんとじかにお会いして、指導者の監督のもとに、評価や訓練などの実習をさせていただくことになりますから、その前に、大学で履修した実技をどの程度習得しているかを、診察場面の模擬セットを設営してテストするわけです。いろいろなステーションがあり、患者さんの面接技術、飲み込みや発声、話し方の検査などを10分程度でつぎつぎと実演しなければなりません。できの悪かった学生には後日呼び出しがかかり、「こんなことでは病院実習に出せません!」と指導が入ります。私たちが学生の頃は、このような丁寧な教育システムはなく、何の準備もないままいきなり外来実習が始まり、患者さんの面接で脂汗をかいたりして、来院してくださった患者さんにずいぶん失礼なことをしてしまったものだと思います。その臨床実技試験と総会が重なってしまって、出席できず、大変申し訳ありませんでしたが、これもよい言語聴覚士を育てるためのことと、ご理解いただければありがたいです。

 さて、前回から「喉頭観察法の変遷」というテーマで雑文を書かせていただいております。まっすぐな金属の管を口から入れて、直接喉頭や胃を観察する「硬性直達鏡」の時代から進んで、ゴムホースの先に小さなカメラをつけて胃の中を撮影する「胃カメラ」の発明により、患者さんの負担は非常に軽くなったという話を書きました。胃カメラはオリンパス光学の技術者たちによってさらに使いやすい「光学ファイバースコープ」として進化しました。

 ファイバースコープの原理を簡単に説明します。石英やガラスといった素材は、板にすると硬くて割れやすいですが、これを溶かして引き延ばし、糸のようにすると、なぜか柔らかくなり、90度以上曲げても折れない繊維ができます。この繊維は、切り口から入った光を中に閉じ込めて、ほとんど減衰させずに反対側の切り回まで透過させるという性質を持っています。この繊維をたくさんまとめて、両端の繊維の位置が同じところに来るように東ねておきます。片側から入った画像は、繊維の中を通って反対側に同じ像を結びます。像の鮮明度(解像度)は束ねられた繊維の数と同じになります。つまり、200本の繊維が束ねてあれば、画像の解像度は200画素ということになります。昨今のデジカメについているカメラが何百万画素の解像度をもっていることを考えると、ずいぶん荒い画像しか見ることができませんが、この器械の発明によって、音声医学は多大な恩恵を得ることができました。それは、「話をしているときの喉頭像の記録」です。

 1800年代の間接喉頭鏡の時代から、硬性直達鏡を経て胃カメラまで、喉頭の観察はすべて口から器械を入れる方法で行われてきました。この方法では、口の開きと舌が固定されているので話すことができません。ところが光学ファイバースコープが進化して、外径が細くなり、4mm以下のものが開発されると、これを鼻の孔から入れることができるようになりました。最初に利用されたのは気管支の観察でした。細い気管支を通って、肺のずいぶん奥まで内視鏡を届けることができるため、肺の奥から組織をとってきて顕微鏡下に癌の診断ができるようになったのです。鼻から入れた気管支用ファイバースコープで喉頭が観察できることを澤島政行が1971年に報告しました。これによって、話をしているときや、歌を歌っているときの喉頭の動きが記録できるようになり、例えば、無声音(サ行やパ行の最初にある子音)を出すときに、声門が開くことによって声帯振動が止まる、あるいは、歌をうたうときにビブラートをかけるために、声帯だけではなく、喉頭全体が周期的に揺れるなどの興味深い報告がどんどん行われるようになりました。この手法は、喉頭摘出の患者さんが子音の発音を上手に行う機構の研究などに応用され、1990年代から大森孝一などが貴重な報告を行っています。私もこの時代に皆様ののどをお借りして、ずいぶん勉強させていただきました。

 内視鏡の技術はさらに進み、現在では外径2・6mmのチューブの先にデジタルテレビカメラをつけて、喉頭をテレビモニタ上で観察できるようになりました。高い解像度で、また光源もいろいろな波長のものを駆使して、粘膜の病変を観察したり、組織採取などの処置をしたりすることができます。「胃カメラ」の時代に3cmのゴムホースの先にカメラをつけて胃壁を撮影していたのが、現在は鼻から入れたテレビカメラで患者さんの苦痛を極限まで減らして喉頭の動画を撮影できるようになっているわけです。