北海道喉頭摘出者福祉団体 北鈴会

熊井医師34


無喉頭とアナフィラキシー


旭川医科大学耳鼻咽喉科・頭頸部外科学講座臨床指導教授
医療法人社団くまいクリニック
理事長・院長 熊井 惠美


 今や日本人の約1/2のが喘息・アレルギー性鼻炎・アトピー性皮膚炎・食物アレルギーなどのアレルギー疾患に罹患していると言われています。5月末ではぼ終息した北海道特有のシラカンバ花粉症患者さんの半数の方に、口腔アレルギー症候群が合併するのは、ご存知の方も多いと思います。花粉症のシーズンに関係なく、主にバラ科の果実(リンゴ・ナシ・モモ・サクランボ・プラム・ビワなど)、キウイ・マンゴーやナッツ(アーモンド・ヘーゼルナッツ)を食べた後、口・咽喉・耳などが痒くなり、ひどいと唇が腫れる場合や、眼周囲や顔が腫れます。稀に、息苦しくなり、血圧が下がることもあります。原因食物の回避と経ロステロイド剤の適切な服用で大事に至ることは少ないようです。また最近は、幼児から老年の方までの広い年齢層に渡り、食物アレルギーの患者様が増えているように思われます。原因食品は、卵・小麦・牛乳・海産物・果物oナッツ類・野菜など様々で、症状も皮膚のかゆみや尋麻疹様皮疹、咳・くしゃみ・鼻水・痰、下痢・嘔吐・腹痛など多岐にわたります。今まで食べていた物でも、ある時から急に食べられなくなる事もあります。急性期の症状を治療した後、原因検索で抗原が分かれば、一昔前までは、その食材を食べないように指導されてきました。でも、厳格に除去すると食べられるものが無くなり、幼少児では発育障害が起こります。近年は、原因食物の摂取可能な最低量を管理下で決め、少しずつ増量していくことにより免疫寛容を誘導する治療法が推奨されています。

 アレルギー反応の中で、命に関わるのが″アナフィラキー〃です。アレルギー反応が短時間で急激に起こるために、適切な緊急の処置をしなければ死に繋がる重篤な疾患です。症状は、皮膚症状(痒み・発赤・腫脹・蒙麻疹など)、粘膜症状(口腔及び咽頭粘膜腫脹・気道粘膜腫脹・眼球結膜腫脹など)、呼吸器症状(咳・呼吸苦・喘鳴・気道狭窄・呼吸困難など)、循環器症状(血圧低下・心不全など)、消化器症状(胃痛・腹痛・嘔吐など)で、いくつかまたは全部の症状が急速に悪化、増強していきます。ある統計では、2011年に71名が、アナフィラキーで死亡し、心肺停止になるまでの時間は、薬物・血清が原因の場合5分、ハチ毒の場合15分、食物アレルギーの場合30分と言われています。

 耳鼻咽喉科・頭頸部外科の他に、日本アレルギー学会専門医でアレルギー科を標榜している当院には、ハチアレルギーや食物アレルギーの患者様がいらっしゃいます。アナフィラキーが完成される前の段階で何とか食い止めるように、 一度でもアナフィラキー様症状を起こしたことのある人や可能性の高い方には、頓用の経ロステロイド剤、抗ヒスタミン剤に加え、アドレナリンが充填された自己注射器(エピペン)を処方し、常時携行していただきます。多いのは、ハチと遭遇する可能性の高い林業関係の方と食物アレルギーの方です。学童期児童の場合、数年前までは幼稚園・学校の先生側で非協力的な方もおられましたが、最近は、国の指導もあり、積極的に対応していただいています。

 エピペンは服の上から大腿部の外側にポンと押し当てると針が飛び出し、 一瞬で注射液が注入される仕組みになっています。カチッと音がするまで押して、5秒間そのまま、後は注射部を10秒ほどマッサージして下さい。ためし打ちはできませんので、当時者および打つ可能性のある周囲の人(親・学校の先生・友人・職場の同僚など)は、スターターキット(トレーナー)を用いて、繰り返し練習し、使用方法に慣れておく必要があります。私の患者様で、40歳台女性、食物アレルギーによるアナフィラキーを数回起こしていても、症状発現時にはパニックになり、自分の指にエピペンを刺した方がいますので、ご注意下さい。また、幼少児の方は本人用と幼稚園・学校用の2本を用意する事もあります。

 もっと厄介な疾患が、食物依存性運動誘発性アナフィラキ一 (Food-dependent exercise-induced Anaphylaxis:FDEIA)です。麦製品や甲殻類を食べた後、30分後から2時間以内に運動をするとアナフィラキー症状を起こすというものです。中学・高校・青年期に好発します。事前に予測ができないので、問診上疑わしい方には、エピペンを含めた緊急用治療セットを処方しますが、学生の方には、給食後の運動や午後の体育の時間割をお聞きします。患者さんの中学校で、体育の時間を午前中に移行にしていただくよう進言し、対応していただいた事があります。成人の方でも起こりますで、ご注意下さい。

 無喉頭の中でも、約半数は、アレルギー疾患をお持ちと思われます。つらい症状が無ければよいのですが、気にかかるようであれば、血液検査で原因を探し、それぞれの症状を緩和させる治療法を知っておきましょう。もし、食物アレルギーで頻回に症状がでるようであれば、アレルギー専門医の受診・治療をお勧めします。 一度でもアナフィラキー様症状が出たことがあれば、緊急の時の準備が必要です。口腔・咽頭粘膜が腫れ、食道発声はできなくなり、痰が増え、呼吸もおばつかなくなるので、すぐ助けを呼べる手段(ベル・緊急ボタン・スマホ・携帯電話など)を用意し、自分でできるエピペンを携行しましょう。山歩きが好きでハチに刺される可能性が高い方も同様の準備が必要です。

 これだけアレルギー疾患が増えてくると、食の安全が気になります。アレルギー・アトピー疾患の息子達のために始めた我が家の無農薬菜園に、今年も黄色いアゲハチョウが、やつてきました。見た目には同じですが、ミカン・カラタチ科のサンショに卵を産むのはナミアゲハで、せり科のミツバに産むのはキアゲハです。成虫はほとんど同じに見えるのに幼虫は、まったく別もの、食性も全く違います。子供の頃のキャベツ畑にはモンシロチョウが乱舞し、キャベツの外葉を青虫が元気に食べ、中心部の良く巻いたところを人間が食べていた訳で、共存共栄の無農薬野菜だったんだと当時を懐かしく思い出しています。農業生産向上のためには仕方ないのかもしれませんが、農薬の散布量は確実に増加しています。また、山奥なのに、虫に刺されないゴルフ場、遊園地は、今は当たり前になりました。ハーブ系虫除けスプレイを使用する事で済むのに、大量の殺虫剤が散布されているのではないかと考えるのは、私だけでしょうか。

 旭川の隣に東川町があります。旭岳のふもとの湧き水が源の忠別川の水を利用した稲作農家が多く,無農薬や低農薬米を作っています。周辺にゴルフ場はありますが、水源の下流で、影響はありません。大雪山の懐に抱かれた美味しい水と空気でできたお米や野菜は、北海道の中でも、真の安全な食材のひとつとして、胸を張って宣伝して良いと思います。皆さん、東川町産無農薬米を眼にしたら、即買いですよ。

 さて、我が家の今年の野菜(トマト・キュウリ・おくら・ズッキーニ・インゲン・絹さや・ナスなど)の横で、ひたすらミツバを食べるキアゲハの幼虫もよくよく見ると可愛いものです。