北海道喉頭摘出者福祉団体 北鈴会

旭川医大33


頭頚部癌と免疫療法


旭川医科大学耳鼻咽喉科・頭頸部外科学講座
教授 原渕 保明


 北鈴会の皆様におかれましては、ますますご清栄のこととお喜び申し上げます。また、4月14日、4月16日に発生した九州地方の大震災により被災された地域の皆さま、ご家族、関係者の皆さまにおかれましては心よりお見舞い申し上げます。

 今回は頭頚部癌と免疫療法というタイトルで、当科で施行している研究も含めて概説、ご紹介したいと思います。免疫療法は従来からある手術、抗癌剤などによる化学療法、放射線療法に次ぐ第4の治療法として現在発展している治療法です。

 がん免疫療法というと、各種紙面で取り上げられているニボルマブ(商品名:オプジーボ)をご存知の方も多いかと思われます。有名になったのはその作用機序だけではなく、費用の面が大いに関係しています。

 オプジーボは2014年7月に「根治切除不能な悪性黒色腫」(手術で摘出できない皮膚の悪性腫瘍)に対して承認されました。また、2015年12月には「切除不能な進行・再発の非小細胞肺がん」(手術で摘出できない進行期あるいは再発した肺扁平上皮癌や腺癌など)に適応が追加されました。

 驚くべきその薬価ですが、体重60に昭の男性の患者さんの点滴の1回分か約130万円になります。これは肺扁平上皮癌の患者さんに添付文書に定められているように2週間に1回使用すると、年間3500万円という膨大な金額になります。もちろん「高額療養費制度」で患者さん自身が負担する費用は1ヶ月に数万円で済みますが、残りの費用の補填は健康保険から拠出されることになりますので、医療保険財政を圧迫することになります。今後、年齢や所得などに応じて自己負担が増加する可能性が専門家のなかで示唆されています。

 次にオプジーボの作用機序について簡潔に説明致します。ヒトにはキラーT細胞という免疫細胞が存在しており、生体内で生じた異常な細胞(がん細胞を含む)を殺傷する能力があります。しかし、がん細胞はこのキラーT細胞の働きを弱くするブレーキのようなシグナルを送り、自分自身が増殖しやすい環境を構成していることがわかりました。

 キラーT細胞がしっかりと働けるようにするために、がん細胞がキラーT細胞に対してかけているブレーキを外すのがオプジーボの作用機序です。

 喉頭癌を含む頭頚部扁平上皮癌に対するオプジーボの臨床試験において、良好な結果が得られてきているとの報告もありますので(https//www.oco.co.jp/jpnw/PDF/n16_0202_02.pdf)実際に頭頚部癌の患者さんが免疫療法の恩恵を受けられる日も遠くないかもしれません。

 さて、私達の行っている研究に話を移しますが、私達は頭頚部扁平上皮癌に対してのペプチドワクチン療法の研究を行っています。がん細胞ではつくられるが、正常細胞では生じないペプチドをターゲットとして、樹状細胞という免疫担当細胞を介して先はどのオプジーボでも出てきたキラーT細胞を活性化する治療法です。ここで出てくるペプチドとはアミノ酸が10個程度つながっただけのものなので、合成が容易で注射で患者さんに投与できます。ターゲットのペプチドをこれまでに複数同定し、実験室の段階では有効な効果を確認していますが、実際の患者さんに使用する臨床試験はまだ行うことができていません。

 私は臨床研究は患者さんの利益になることが、最終的な目標と考えています。実験室の段階でどれだけ良い結果が出たとしても、それが最終的に患者さんの利益にならなければ本当に良い研究だったか疑問が残ります。2006年に京都大学の山中先生が最初に報告されたiPS細胞も10年ほどたった現在、様々な分野で患者さんへの応用が進んできています。我々の行っている頭頚部扁平上皮癌の研究もまだまだ時間はかかると思いますが、北鈴会の会員を含めた患者さんに利益をもたらせるよう研究を継続していきます。

 最後になりましたが、皆様の日々のご協力に心より感謝申し上げるとともに、今後とも北鈴会のますますのご発展と会員の皆様のご健勝をご祈念申し上げます。