北海道喉頭摘出者福祉団体 北鈴会

札幌医大38


感染症との戦い

札幌医科大学耳鼻咽喉科学講座

教授 高 野 賢 一

  「人間は鉄よりも強く、ハエよりも弱い―」

 これはユダヤの有名な格言で、人間は鉄を溶かして天にも届く高層建築物を建てることができる一方で、小さなハエが媒介するような微生物に勝つことができない。そんな意味ですが、今ほどこの言葉が痛切に身に染みる時はありません。ちょうど今から100年前、いわゆるスペインかぜと呼ばれたインフルエンザ・パンデミツクが猛威を奮っていた頃の新聞をみてみますと、マスクの高騰、医療スタッフの不足、学校の休校など、今と何ら変わらない記事が並んでいます。社会も医学も大きく進歩しているのにも関わらず、いまだ人間は ″ハエよりも弱い″存在であることを実感します。

 人類の歴史は、人間同士の戦いと微生物による感染症との戦いを、ひたすら繰り返していると言っても過言ではありません。人類が地球上で唯一根絶に成功したウイルスは、天然痘のみです。私が米国で研究に携わっていたインフルエンザウイルスひとつとっても、先述のスペインかぜの後、1950年代のアジアかぜ、60年代の香港かぜ、2000年代に入っての新型インフルエンザと、複数回のパンデミツクで多くの方が亡くなっています。おそらくこれらのパンデミツクを実際経験されている方も多いと思いますが、記憶は薄れていることと思います。地震などの災害と同じく、人の記憶というのは風化するものです。目下のわれわれを苦しめている新型コロナウイルス感染症も、いずれ過去のこととなり、人々の記憶から薄れていく日がやってくるでしょう。

 今から20年前、現在の新型コロナウイルスと同じ仲間のウイルスによるSARS(重症急性呼吸器症候群)が流行したときから、喉頭を摘出するなどして気管孔をもつ患者さんたちは、こうしたウイルスに感染しやすく、またウイルスを拡散させやすいというデータが出ていました。アメリカなどでも、気管孔患者さんに対して、できるだけ家にいる、気管孔に触れる前には手指消毒をする、顔にも気管孔にもマスクをする、といった指針が出されています。北鈴会の皆様におかれましても、大変お気を使われる日々が続いており、ご心労いかばかりかとお察し申し上げます。ただひとつ言えるのは、人類は幾度となく、今回のようなウイルスとの戦いに立ち向かい、克服してきた歴史があるということです。

 末筆ではございますが、北鈴会の皆様におかれましてもお体に充分ご留意頂き,一層のご健勝とご多幸をお祈り申し上げます。