北海道喉頭摘出者福祉団体 北鈴会

医療大学30


喉頭癌の治療 喉頭機能の温存をめざして


北海道医療大学心理科学部言語聴覚療法学科
 教授 西澤 典子


 毎年寄稿をお許しいただいておりまして、そろそろお話しの種がなくなってきたのですが、この度は、喉頭全摘出術以外の喉頭癌の治療について書かせていただきたいと思います。
 喉頭全摘出術は、喉頭の役割である呼吸、嚥下、発声の機能が廃絶することを前提に、喉頭の枠組みを摘出する手術です。喉頭を摘出した後には、気管の出口を前頸部につないで永久気管口とし、食物の通路を気道から分離します。発声の機能は失われるため、喉頭摘出後の音声リハビリテーションによって、食道音声や電気喉頭などの無喉頭音声を確立していくことになります。
 過去30年ほどの間に、喉頭癌根治治療の主流は、喉頭全摘出から、呼吸、嚥下、発声機能の温存をめざす器官保存型の治療に移ってきました。これは、放射線・化学療法などの治療成績の向上ととともに、「喉頭部分切除術」の術式が進歩したことによるものです。器官保存型治療の普及によって、喉頭癌術後のリハビリテーションは、喉頭全摘出に対する代用音声の獲得以外に、多様な対応を必要とされる時代をむかえています。しかし、器官保存型治療で根治が望めない進行した喉頭癌の治療においては、やはり喉頭全摘出術が必要になることはいうまでもありません。

 器官保存型治療は手術を必要としない方法(放射線・化学療法)と、喉頭部分切除術に分けられます。

 1.放射線治療(化学療法併用を含む)
病巣が喉頭内にとどまる小さいものである場合に適応となります。比較試験の結果から、放射線治療を単独で行うよりは、化学療法を併用したほうが治療成績がよいといわれます。化学療法の領域では、血管造影によって腫瘍に栄養を送る血管をみつけ、カテーテルから高濃度の抗癌剤を腫瘍血管に注入する方法が注目されています。治療を行った後に腫瘍が消失しない場合は、喉頭部分切除術、喉頭全摘出術などに進まなければなりません。

 2.経口的喉頭部分切除術
皮膚を切開して病巣を切除するのではなく、内視鏡(直達喉頭鏡)を用いて顕微鏡下の微細手術により腫瘍の摘出を行います。病巣への到達方法は、声帯ポリープの手術と同じです。腫瘍が喉頭内にとどまるものに適応されます。切除にはレーザーを用いる方法が一般的です。腫瘍のサイズが大きければ顕微鏡の視野に入らず、ひとかたまりで一度に切除することが困難である反面、喉頭機能は保たれ、気管切開を回避できる率が高いとされます。

 3.経皮的喉頭部分切除術
皮膚を切開して腫瘍を切除する方法です。喉頭全摘出術は、複数の骨・軟骨の枠組みを土台として作られる喉頭の組織を、枠組みごとすべて摘出することによって、腫瘍の切除を行います。しかし器官保存型の喉頭癌手術では、喉頭の枠組みと筋・粘膜の構造を部分的に残すことによって、呼吸、発生などの喉頭機能を保存することをめざします。
 健常な喉頭が、気管の入り口として誤嚥を防ぐ機能や発声を行う機能を発揮するためには、左右の声帯が開閉することによって空気の通路と食物の通路を遮断することが必要と考えられます。しかし、部分切除を行った後の喉頭が機能を発揮するためには、必ずしも声帯のレベルで閉鎖機能を保存することが必要なのではなく、残された一部の組織(たとえば声帯の後部が付着する披裂軟骨の一部と喉頭蓋等)がある程度の動きを保っていれば、それらの協調によって、発声ならびに気道防御、気道確保が行えることがあきらかになってきました。これによって、腫瘍がかなりの大きさに達しても、経皮的部分切除の適応可能性があり、その有効性が認められるようになってきています。

 このように、喉頭癌の治療については、喉頭全摘出術以外に、機能温存を目的としてさまざまな選択肢が用いられるようになってきました。治療法については、サイズ、リンパ転移、遠隔転移などからみた腫瘍の進行度と患者さん個々の条件によって、喉頭全摘出術、拡大手術を含めて最も適した方法が選択されることは言うまでもありません。どの方法を選択するにせよ、術後には、音声障害を主体としたさまざまな機能障害が発生するわけであり、これに対する多様な支援が、医療、福祉の両面に求められることは間違いありません。