北海道喉頭摘出者福祉団体 北鈴会

札幌医大30


「夢が見えてしまう」

札幌医科大学医学部耳鼻咽喉科
教授 氷見 徹夫


 北鈴会の皆様,いかがお過ごしでしょう。会長の下,活発な活動をなされていることと拝察申し上げます。また,新しい会員の方々をご指導いただいております皆様にも,この場をお借りして深く感謝申し上げます。

 医学や科学領域は非常に範囲が広く,専門外の最新研究に関する論文を読む機会はほとんどありません。それでも,時々,総合科学雑誌を手に取って斜め読みしていると,トピックスの中には,「へー」とうなってしまう内容のものがあります。最近「へー」と思ったものの一つをご紹介いたします。

 「サイエンス」2013年4月号にメイリオ国際電気通信基礎技術研究所の堀川先生と神谷先生の2人の日本人研究者が「睡眠中の脳活動パターンから夢の内容を解読した」という論文を発表しています。この論文はタイトルの通り「どんな夢を見たのか言い当てることができます」というものです。私たちが見る夢の多くは,音や言葉だけのことは少なく,「物」が見えることが特徴です。ときには非常に鮮明にカラーで見ることもあります。夢の中で物が見えるという視覚的な体験は,目の覚めているときに,周りにある物を「画像」として見たときと同じような視覚体験が睡眠中に「脳の中」で起こっているからと考えられます。すなわち,夢を見ているときには,画像を見ているときと同じように脳が働くため,実際に見ていなくとも,脳は見ているときと同じように活動するため,「夢の中では物が見える」と考えられています。

 脳の働きを見るためのいろいろな新しい機器が開発されています。さらに,その機器から得られた情報を処理する方法が進歩しまし。私たちが人の顔や物の形,風景などを見ているときには,脳の中ではそれぞれの物に特徴的な「場所」と「方法」を使って情報が分析され処理されていることがわかりました。この原理から,実際に「物」を見ているとき計測した脳の活動と,睡眠中のヒトの脳の活動の信号を分析して,「物」を見ているときと同じような脳の活動パターンを示した「物」が,夢の中に実際に現れるだろう推察したのです。睡眠の開始から2〜3分が「夢見」と強い関連があるので,このタイミングで被験者を起こし,直前まで見ていた夢について書いてもらいます。記録が終わったら再び寝てもらう,これをなんと一人について約200回もくり返し記録しました。研究とはいえ,調べられる方も大変です。

 集めたデータを解析すると,目が覚める直前の脳の活動パターンは,その人が見た夢に出てきた「物」のパターンと一致したのです。たとえば,人の顔でも男性なのか女性なのか,風景なのか,車なのか,建物なのかなどはかなりの確率で当てることができたようです。
 夢で何を見たのかを客観的に言い当てることができたことは,私たちの経験や行動に夢がどのようにかかわっているのかの手がかりとなります。さらに,夢だけに限らず,脳が思い浮かべているものを可視化できれば,人が「想像する」とはどういうことかが理解でき,さらに人の心の状態も覗くことができるのです。一見,恐ろしいことのように思われますが,医学的には精神疾患の新しい診断技術として,従来は理解してあげることもできなかった「心の病」をより客観的に見ることができる画期的な技術かもしれません。さらに,人工知能,人工頭脳を作る際に「想像する」ということをどのようにコンピュータに組み入れるかというときに役に立つかもしれません。

 「心を読み透かされる」のはあまり気分の良いものではありません。人の心が読める力を得て,あこがれの人の心の中を覗いてがっかりする,などというSF小説にしかなかったものが現実になるかもしれないのです。このような最新技術を応用したいくつもの研究から,神秘的な「夢の正体」が少しずつ見えてきたのです。