北海道喉頭摘出者福祉団体 北鈴会

札幌医大28


「ウイルスと癌」

札幌医科大学医学部耳鼻咽喉科
 教授 氷見 徹夫


 北鈴会会員の皆様、いかがお過ごしでしょう。本年も会員の皆様は、会長の下、日頃より創意工夫と訓練を重ねられ,さらに活発な活動をなされていることと拝察申し上げます。また、新しい会員の方々をご指導いただいております皆様にも深く感謝申し上げます。

 風邪を1度も引いたことがない方はいないと思います。風邪の原因の多くはウイルスが鼻やのどの粘膜に感染して炎症を起こすためです。ウイルスはいろいろな病気をおこしますが,インフルエンザ,はしか,おたふくかぜなどもウイルスによりおこる病気です。このようにウイルスの種類によって起こる病気・症状は様々ですが,癌と関連あるウイルスもたくさん見つかっています。白血病やリンパ腫の1部もウイルスに感染することで起こることがわかっています。さらに,社会的に問題となった肝炎ウイルスも肝臓がんの原因となります。

 最近注目されているウイルスと癌の関係は,子宮がんとパピローマウイルスの関係です。女性にとって重要な病気である子宮がんは比較的若い方でも起こりうるもので,この子宮がんの中でも子宮頸がんの多くがパピローマウイルスの感染が原因であることがわかっていました。このウイルスは子宮の粘膜に感染して時間がたって発症することがわかっていましたので,このウイルスに感染しないようにするか,あるいはこのウイルスに対しての免疫ができていれば子宮がんの予防になるということは容易に想像できます。この点は重要で,ウイルスに対する免疫をつけるためにはワクチンを用いることができること,ワクチンを接種することでウイルスに感染することが防ぐことができ,その結果として子宮がんが予防できることになります。このため,テレビでも何度も放送された公共広告機構の子宮頸がん対策コマーシャルでもワクチンの重要性が述べられています。
 実は,このパピローマウイルスは耳鼻咽喉科領域の癌にも関連していることがわかってきました。耳鼻咽喉科領域の代表的な癌には,喉頭がん,舌がん,咽頭がん,上顎がんなどです。咽頭がんは上咽頭がん,中咽頭がん,下咽頭がんの3つに分けられます。この中で上咽頭がんはEBウイルスというウイルスと深い関係にあります。そして,中咽頭がんがパピローマウイルスと関連があるのです。一方,下咽頭がんはパピローマウイルスなどのウイルスとの関係は少ないと考えられています。

中咽頭とは,口をあけたときに見える範囲がそれに相当すると考えても大きな誤りではありません。特に,扁桃は左右、一つずつあり,中咽頭の代表的な臓器です。ウイルスとの関連では,この扁桃からできてくるがん(中咽頭側壁がん,あるいは扁桃がんとも呼ばれます)の約半数はパピローマウイルスの感染によって起こるのではと考えられています。つまり,子宮頸がんの原因と扁桃がんの半数の原因はほぼ同じではないかと考えられています。扁桃がん(中咽頭がん)はそれほど多い病気ではないので,子宮ガンのようなワクチンの接種は行われていないのが現状ですが,中咽頭がんのリスクの高い集団に試験的なワクチン接種が行われ,その効果がどの程度かが検証されています。

 がんがなぜ起こるのかはいまだ完全には解明されていません。新しい治療法が次々と開発されて,決して不治の病ではなくなってきています。しかし,やはりがんの早期発見と予防の方策をどうしたらよいかを考えることも,社会的にはさらに重要となってきています。